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浦和地方裁判所 昭和61年(ワ)972号 判決 1989年7月10日

甲事件原告(乙事件被告)

多胡智

甲事件被告(丙事件被告)

加藤博

ほか一名

甲事件被告(乙事件・丙事件原告)

株式会社ツバメタクシー

主文

一  甲事件被告加藤博、同阿部興業株式会社は甲事件原告多胡智に対し、各自金五〇万八四六八円及びこれに対する昭和六一年九月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件被告株式会社ツバメタクシーと甲事件原告多胡智との間において、同被告が同原告に対し金六八万七六一〇円を超える損害賠償請求権のないことを確認する。

三  甲事件原告多胡智の甲事件被告加藤博、同阿部興業株式会社、同株式会社ツバメタクシーに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  乙事件被告多胡智、丙事件被告加藤博、同阿部興業株式会社は乙事件及び丙事件原告株式会社ツバメタクシーに対し、各自金六八万七六一〇円及びうち金一三万円に対する昭和五九年三月五日から、うち金五五万七六一〇円に対する昭和五九年四月一〇日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  乙事件及び丙事件原告株式会社ツバメタクシーの乙事件被告多胡智、丙事件被告加藤博、同阿部興業株式会社に対するその余の請求を棄却する。

六  甲事件の訴訟費用のうち、甲事件原告多胡智と甲事件被告加藤博、阿部興業株式会社との間に生じた分は一四分し、その一を甲事件被告加藤博同阿部興業株式会社の、その余を甲事件原告多胡智の負担とし、甲事件の訴訟費用のうち、甲事件原告多胡智と甲事件被告株式会社ツバメタクシーとの間に生じた分、乙事件及び丙事件の訴訟費用は一四分し、その一を甲事件被告、乙事件及び丙事件原告株式会社ツバメタクシーの、その余を甲事件原告、乙事件被告多胡智、丙事件被告加藤博、同阿部興業株式会社の負担とする。

七  この判決は、第四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件原告・乙事件被告多胡智(以下「原告多胡」という。)

(甲事件につき)

1 甲事件被告加藤博(以下「被告加藤」という。)、同阿部興業株式会社(以下「被告阿部興業」という。)は原告多胡に対し、各自金七三六万六五二四円及びこれに対する昭和六一年九月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 甲事件被告株式会社ツバメタクシー(以下「被告ツバメタクシー」という。)は原告多胡に対し、同被告の原告多胡に対する七二万九六一〇円の損害賠償請求権が存在しないことを確認する。

3 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする。

(乙事件につき)

1 被告ツバメタクシーの反訴請求を棄却する。

2 反訴費用は被告ツバメタクシーの負担とする。

二  被告加藤、同阿部興業

(甲事件につき)

1 原告多胡の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告多胡の負担とする。

(丙事件につき)

1 被告ツバメタクシーの請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告ツバメタクシーの負担とする。

三  被告ツバメタクシー

(甲事件につき)

1 原告多胡の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告多胡の負担とする。

(乙事件につき)

1 原告多胡は被告ツバメタクシーに対し、金七二万九六一〇円及びこれに対する昭和五九年三月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 反訴費用は原告多胡の負担とする。

3 仮執行の宣言

(丙事件につき)

1 被告加藤、同阿部興業は被告ツバメタクシーに対し、各自金七二万九六一〇円及びこれに対する昭和五九年三月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は右被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

第二当事者の主張

(甲事件につき)

一  請求原因

1 原告多胡は、昭和五九年三月五日午前七時三五分頃、普通小型乗用車(以下「原告車」という。)を運転し、川口市芝下一丁目一番地先道路を蕨駅方面から鳩ケ谷方向に向けて進行していたところ、反対車線を鳩ケ谷方面から蕨駅方向に向かつて進行していた被告加藤運転の普通貨物自動車(以下「被告加藤車」という。)が被告阿部興業川口支店車庫に進入しようとして右折し、原告車の進路に侵入した。

そこで、原告多胡は、被告加藤車との衝突を避けるため、急拠、ハンドルを右に切つたところ、原告車は、被告加藤車に後続して進行してきた被告ツバメタクシー保有のタクシー乗用車(以下「被告タクシー車」という。)と衝突した(以下「本件事故」という。)。

2 原告多胡は、本件事故により全身打撲、頭部打撲挫創の傷害を負い、左記のとおり入通院し、また原告車は破損した。

(一) 昭和五九年三月五日から同年三月二七日まで二三日安東病院に入院

(二) 昭和五九年三月二八日から同年五月七日までの間に一三日安東病院に通院

(三) 昭和五九年五月八日から同年六月二三日までの間に八日葛井整形外科病院に通院

(四) 昭和五九年六月一一日から同年六月一三日までの間に二日川口済生会病院通院

(五) 昭和五九年六月一九日から昭和六三年五月一九までの間に二六日川口工業総合病院に通院

(六) 昭和五九年七月一八日から同年八月二五日まで三九日川口工業総合病院に入院

(七) 昭和六三年三月一六日から昭和六三年三月二五日まで一〇日川口工業総合病院に入院

3 被告加藤は、被告加藤車を右折させるに際し、折りから原告者が反対車線を直進しつつあり、後続する被告タクシー車もあつたのであるから、ウインカーを出しながら自車の速度を緩めて原告車及び被告タクシー車に警報を発し、かつ自車を一旦停止させ、対向する原告車を通過させてから右折すべき注意義務があつたにもかかわらず、速度を緩めることなく、適切なウインカーによる警告も行わないまま急激に自車を右折させて反対車線に侵入した。そのため、原告多胡は、被告加藤車との衝突を避けるため、急拠、右にハンドルを切らせざるを得なくなり、その結果、原告車と被告タクシー車とが衝突した。

したがつて、本件事故は、被告加藤の一方的な過失により生じたものである。

被告阿部興業は、被告加藤車の所有者であるから、本件事故につき保有者責任を負うとともに、被告阿部興業は被告加藤の使用者であり、本件事故は被告阿部興業の事業の執行中に生じたものであるから、使用者責任をも負つている。

4 原告は、本件事故により次のような損害を受けた。

(一) 入通院治療関係費 合計 二九万六六三二円

安東病院 入院 六万一四〇〇円

通院 九八七五円

葛井整形外科病院 通院 二万〇一〇〇円

川口済生会病院 通院 一万七四四〇円

川口工業総合病院 入院(第一回)一六万三三〇三円

(第二回) 二万四五一四円

(二) 付添看護費(安東病院八日間分) 三万二〇〇〇円

(三) 入院雑費(入院七二日分) 七万二〇〇〇円

(四) 入通院慰謝料 一五〇万円

(五) 後遺症慰謝料(第一二級) 二一七万円

(六) 膝装具費等 三五万六四〇〇円

一回分 一万九八〇〇円 一年一回付替

平均余命四八年、ライプニツツ係数一八

(七) 破損車両の修理代 一一三万円

(八) 慰謝料 一五〇万円

(九) 休業補償 七五万九四九二円

休業実日数 一七六日分(一日四三一七円)

(一〇) 弁護士費用 七五万円

合計 八五六万六五二四円

原告は、被告阿部興業が加入した自賠責保険から一二〇万円の支払を受けたので、右損害の残額は七三六万六五二四円である。

5 被告ツバメタクシーは原告多胡に対し、本件事故により被告タクシー車が破損した損害として七二万九六一〇円を請求しているが、本件事故の原因及び責任はすべて被告加藤にあり、原告多胡には責任がない。

6 よつて、原告は、被告加藤、同阿部興業に対し、各自金七三六万六五二四円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六一年九月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告ツバメタクシーに対し、同被告の原告多胡に対する七二万九六一〇円の損害賠償請求権が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告加藤、同阿部興業)

1 請求原因1のうち、原告車及び被告加藤車が原告多胡主張のように走行していたこと、原告車が被告タクシー車と衝突したことは認めるが、その余は不知。

2 同2のうち、安東病院、葛井整形外科病院の関係は認めるが、その余は不知。

3 同3のうち、被告阿部興業が被告加藤車の所有者であることは認めるが、被告加藤及び被告阿部興業の責任は否認する。

4 同4のうち、被告阿部興業が原告多胡に対し自賠責保険により一二〇万円を支払つたことは認めるが、その余は不知。

(被告ツバメタクシー)

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、原告車が破損したことは認めるが、その余は不知。

3  同3のうち、被告加藤車が速度を緩めなかつたこと、ウインカーによる警告をしなかつたこと及び本件事故の原因が被告加藤のみにあることはいずれも否認し、その余は認める(ただし、被告加藤と被告阿部興業の雇用関係を除く。)。

本件事故は、被告加藤の無理な右折と原告多胡の前方注意義務違反により生じたものである。

4  同4は不知。

5  同5のうち、被告ツバメタクシーが原告多胡に対し、本件事故による損害賠償として七二万九六一〇円を請求していることは認めるが、その余は争う。

二 抗弁

(被告加藤、同阿部興業)

1  免責

被告加藤車は本件事故現場を右折するに際し、数十メートル手前から右折ランプを作動させ、速度を毎時四〇キロメートルから減速して中央線附近に近寄り、右折直前の速度は時速二五キロメートルになつていた。

そのとき、被告加藤は、対向車線を直進してくる原告車を約三七メートル前方に発見したが、この距離関係なら被告加藤車が充分先に右折することができると判断し右折を開始し、右折を完了したものである。

しかるに、原告加藤は、本件事故現場を進行するに際し、毎時四〇キロメートルの速度で走行しながら、道路左側に停止中の自転車などに気を奪われ、前方注視を全く怠つていたため、一瞬前方に目を向けた際、被告加藤車が右折合図を行ない、右折を完了しそうになつている状況を的確に判断し得ず、漠然とした感じから不要意に右転把したため、本件事故が発生したものであり、本件事故の原因はすべて原告多胡の過失にある。

2  過失相殺

仮に、被告加藤に過失があつたとしても、本件事故の最大の原因は、前記1のように、原告多胡の交差点内における徐行義務違反と前方注視義務違反であるから、その損害については過失相殺をすべきである。

(被告ツバメタクシー)

乙事件請求原因1、2、4記載のとおりである。

三 抗弁に対する認否

1  被告加藤、同阿部興業の抗弁1、2のうち、被告加藤車が時速四〇キロメートルの速度で本件事故現場に向けて進行し、本件事故現場で右折したことは認めるが、右折時の速度が二五キロメートルであつたこと及び原告多胡の過失に関する部分は否認し、その余は不知。

2  被告ツバメタクシーの抗弁に対する認否は、乙事件の請求原因に対する認否のとおりである。

(乙事件及び丙事件につき)

一  請求原因

1 被告ツバメタクシーの従業員である松村篤治は、昭和五九年三月五日午前七時三五分頃、被告タクシー車を運転し、川口市芝下一丁目一番地先道路を蕨駅方向に向けて進行していたところ、反対車線を進行してきた原告多胡運転の原告車が中央線を超えて被告タクシー車の進行車線に侵入し、被告タクシー車に衝突した。

2 本件事故は、被告阿部興業の従業員である被告加藤の無謀な右折行為と原告多胡の前方注視義務違反により生じたものである。すなわち、被告加藤は、被告タクシー車の前方を同車と同方向に進行していたものであるが、本件事故現場付近に差しかかつた際、原告車が反対車線の前方三七、八メートル先から接近してきたにもかかわらず、右折できるものとして軽信して、被告加藤車を右折進行させ、また、原告多胡は、本件事故現場の蕨方面寄りにある交差点を通過するに際し、道路側にあつた自転車に気をとられ、前方注視を欠いたため、被告加藤車が右折の合図を出し、右折を始めたことに気付かず、自己の進路前方の至近距離に被告加藤車の気配を感じ、慌ててハンドルを右に切つて反対車線に侵入し、本件事故を惹き起こしたものである。

3 被告加藤は被告阿部興業の従業員であり、その業務の執行中に本件事故を起したものである。

4 被告ツバメタクシーは本件事故により次の損害を被つた。

(一) 車両修理費 五五万七六一〇円

(二) 休車補償 一三万円

一日当たり一万円の一三日分(修理に要した日数)

(三) 休業損害 四万二〇〇〇円

運転手が事故のために働けなかつた時間の補償で労働協約で一時間三〇〇〇円と定められている(昭和五九年三月五日午前八時より同月六日午前一時までの間の一四時間)

5 よつて、被告ツバメタクシーは、原告多胡、被告加藤、同阿部興行に対し、各自前記損害金の合計七二万九六一〇円及びこれに対する本件事故の日より右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い求める。

二  請求原因に対する認否

(原告多胡)

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、被告加藤の過失に関する部分は認めるが、原告多胡の過失に関する部分は否認する。

3  同4は不知。

4  同5は争う。

(被告加藤、同阿部興業)

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、原告多胡の過失に関する部分は認めるが、被告加藤の過失に関する部分は否認する。

3  同3は認める。

4  同4は不知。

5  同5は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

理由

一  甲事件のうち被告加藤、同阿部興業に対する請求

1  原告車及び被告加藤車が原告多胡主張のように走行していたこと、原告車が被告タクシー車と衝突したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実及び甲第一ないし第五、第一四、第一六号証(書証の成立に関する判断は別紙のとおりである。)、証人松村篤治の証言、原告多胡智(後記採用しない部分を除く。)、被告加藤博各本人尋問の結果によれば、被告加藤は、被告阿部興業の従業員であるところ、昭和五九年三月五日午前七時三五分頃、被告阿部興業の業務のため、同被告所有の被告加藤車を運転して鳩ケ谷方面から蕨駅方向に向かう市道を時速四〇キロメートルで走行し、川口市芝下一丁目一番地先交差点のやや手前の反対車線側にある被告阿部興業川口支店の車庫に進入しようとしたこと、その際、被告加藤は、原告車が反対車線を直進してくるのを約三八メートル前方に確認したが、原告車の到達前に右折することができるものと軽信し、右折を決行したこと、その頃、原告多胡は、原告車を運転しながら、右市道を被告加藤車とは反対に蕨駅方面から鳩ケ谷方向に進行し、右交差点を直進しつつあつたものであるが、その際、前方注視を怠つたため、被告加藤車が右折ランプを点滅させながら右折を始めたことに気付くのが遅れ、衝突寸前になつて被告加藤車に気付き、慌てて右にハンドルを切つたため、反対車線に侵入し、被告加藤車に後続していた被告タクシー車に衝突したことが認められ、原告多胡智の供述中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は、被告加藤が被告阿部興業の業務を執行中、被告加藤の過失(無理な右折―安全運転義務違反)が一因となつて生じたものと認められるので、被告加藤及び被告阿部興業が本件事故により原告多胡の被つた損害を賠償すべきであることは明らかである。

2  そこで、原告多胡の損害について検討する。

(一)  治療関係費

甲第二〇号証の一ないし五、第二四、第二六号証によれば、原告多胡は、川口工業総合病院へ二回入院し、昭和五九年七月一八日から同年八月二五日までの入院治療費は一五万一五一八円(原告多胡は、右治療費は一六万三三〇三円であつたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)、昭和六三年三月一六日から同年同月二五日までの入院治療関係費(原告負担分)は二万四五一四円であつたことが認められる。

なお、原告多胡は、安東病院、葛井整形外科病院、川口済生会病院における治療費を請求するが、右治療費の額を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告多胡は本件事故により一七万六〇三二円の治療関係費を要したものと認められる。

(二)  付添看護費

原告多胡が安東病院に二三日間入院したことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告多胡は、本件事故により三万二〇〇〇円の付添看護費(一日四〇〇〇円の八日分)を要したものと認められる。

(三)  入院雑費

原告多胡が安東病院に二三日間入院したことは当事者間に争いがなく、甲第二四号証によれば、原告多胡は川口工業総合病院に二回にわたり合計四九日入院したことが認められる。

右事実によれば、原告多胡は本件事故により入院雑費として七万二〇〇〇円(一日一〇〇〇円の七二日分)を要したものと認められる。

(四)  入通院慰謝料

原告多胡が安東病院に一三日間、葛井整形外科病院に八日間通院したことは当事者間に争いがなく、甲第二四号証、原告多胡智本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告多胡は、川口済生会病院に二日、川口工業総合病院に合計二三日通院したことが認められる。

また、原告が安東病院に二三日間、川口工業総合病院に四九日間入院したことは前記のとおりである。

右事実によれば、原告多胡の入通院慰謝料は一〇〇万円と認めるのが相当である。

(五)  後遺症慰謝料

甲第一七、第一九、第二三、第二四号証、乙第四、第五号証、原告多胡智本人尋問の結果によれば、原告多胡は、本件事故により左膝前十字靱帯不全の傷害を受け、左膝の可動域には特に制限がないが、軽度の動揺性、不安定感が残っていることが認められる。

右事実にかんがみると、原告多胡の後遺症による慰謝料は八〇万円が相当である。

(六)  膝装具費

甲第二五号証によれば、原告多胡は、前記認定の左膝前十字靱帯不全のため下肢装具を購入し、一万九八〇〇円を支出したことが認められる。

原告は、平均余命の四八年分の膝装具費を請求しているが、原告の左膝前十字靱帯不全は前記認定のように軽微なものであり、甲第一八号証及び原告多胡智本人尋問の結果によれば、右障害は期間の経過により治癒する余地のあることも認められるので、原告多胡が生涯にわたり右装具を着用するものと直ちに認めることはできない。

したがつて、原告多胡の請求する膝装具費は一万九八〇〇円の限度でしか認めることができない。

(七)  破損車両の損害

本件事故により原告車が破損したことは当事者間に争いがなく、甲第二二号証の一ないし三によれば、右破損の修理費用として一一三万円を要することが認められる。

しかしながら、乙第二号証によれば、原告車は、初度登録昭和四六年、走行距離一万三五三一キロメートル、減価消却残存率一〇パーセントの軽自動車(ホンダN三六〇)であり、本件事故当時における時価は三万四〇〇〇円であつたものと認められる。

したがつて、原告車の破損による損害は三万四〇〇〇円の限度でしか認めることができない。

(八)  慰謝料

原告多胡は、入通院慰謝料、後遺症慰謝料のほかに一五〇万円の慰謝料を請求しているが、これを認めるに足りる証拠はない。

(九)  休業補償

乙第一号証によれば、原告多胡の本件事故による休業損害は六三万〇二八二円であつたことが認められるが、その余の原告主張額を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告多胡が本件事故により被つた損害額は合計二七六万四一一四円(ただし、弁護士費用を除く。)であることが認められる。

被告加藤、同阿部興業は、過失相殺を主張するので検討するに、前記認定の本件事故の態様に照らすと、本件事故の発生については、被告加藤の過失が六割、原告多胡の過失が四割であると認めるのが相当である。

したがつて、原告多胡が右被告らに対し請求し得る損害額は、前記認定の損害額二七六万四一一四円の六割に相当する一六五万八四六八円であるところ、原告多胡が被告阿部興業から本件事故による損害の填補として一二〇万円の支払を受けたことは原告多胡の自認するところであるから、原告多胡が右被告らに対して請求し得る金額は四五万八四六八円である。

そして、原告多胡は、本件訴え提起のため訴訟代理人を選任することを要したものであり、その損害額(弁護士報酬)は本件訴えの提起時において五万円であると認めるのが相当である。

よつて、原告多胡が被告加藤、同阿部興業に対し請求し得る金額は合計五〇万八四六八円である。

二  甲事件のうち被告ツバメタクシーに対する請求について

被告ツバメタクシーが原告多胡に対し、七二万九六一〇円の損害賠償を請求していることは当裁判所に顕著な事実である。

そして、被告ツバメタクシーが原告多胡に対し、六八万七六一〇円を超える損害賠償請求権を有していないことは、後記三において判示するとおりである。

三  乙事件について

前記一1の認定事実によれば、本件事故は原告多胡の過失(前方注意義務違反、安全運転義務違反)と被告加藤の過失により生じたものであると認められるので、原告多胡が本件事故により被告ツバメタクシーの被つた損害を賠償すべき責任のあることは明らかであり、その賠償額は、後記四2において判示するとおり、六八万七六一〇円である。

四  丙事件について

1  前記一1の認定事実によれば、本件事故は、被告加藤が被告阿部興業の業務を執行するに当たり、被告加藤の過失により生じたものと認められるので、被告加藤及び被告阿部興業が本件事故により被告ツバメタクシーの被つた損害を賠償すべきであることは明らかである。

2  そこで、被告ツバメタクシーの損害について検討する。

(一)  修理費

丙第一ないし第三号証、使用人三宅昭雄の証言によれば、被告ツバメタクシーは、株式会社諸星板金に本件事故により破損した被告タクシーの車の修理を依頼し、昭和五九年四月一〇日、同社に対し、修理費として五五万七六一〇円を支払い、同額の損害を被つたことが認められる。

(二)  休車補償

証人三宅昭雄の証言によれば、被告タクシー車は修理のため一三日間稼働することができず、その間一日約一万〇五〇〇円の損害を被つたことが認められる。

右事実によれば、被告ツバメタクシーは本件事故時において少くとも一三万円の休車損害を被つたものと認められる。

(三)  休業補償

被告ツバメタクシーは休業補償として四万二〇〇〇円を請求しているが、これを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、被告ツバメタクシーが本件事故により被つた損害額は六八万七六一〇円であると認められる。

五  結論

1  甲事件について

(一)  原告多胡の被告加藤、同阿部興業に対する請求は、各自に対し、五〇万八四六八円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和六一年九月一三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

(二)  原告多胡の被告ツバメタクシーに対する請求は、同被告が同原告に対し、六八万七六一〇円を超える損害賠償請求権のないことの確認を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

2  乙事件、丙事件について

被告ツバメタクシーの原告多胡、被告加藤、同阿部興業に対する請求は、各自に対し、六八万七六一〇円及びうち一三万円(休車補償)については本件事故の日である昭和五九年三月五日から、うち五五万七六一〇円(修理費)については被告ツバメタクシーが修理費を出捐した昭和五九年四月一〇日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

3  よつて、原告多胡及び被告ツバメタクシーの各請求を右理由のある限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正)

書証の成立に関する判断

一 原本の存在及び成立に争いのないもの

甲第一ないし第五、第一四、第一六ないし第一八号証

二 成立に争いのないもの

甲第一九、第二〇号証の一ないし五、第二三ないし第二六号証乙第四、第五号証

三 原告多胡本人尋問の結果により成立の認められるもの

甲第二二号証の一ないし三

四 被告加藤、同阿部興業との間では成立に争いがなく、被告ツバメタクシーとの間では証人三宅昭雄の証言により成立の認められるもの

丙第一ないし第三号証

五 弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められるもの

乙第一、第二号証

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